2.「縁と命」
 今日も今日とて地獄の入口は大忙し、新入りが入ってきたからといって通常業務の量が減るわけもなし。
 書類の山に埋もれた場所から荒い声がきこえてくる「あああぁ!もうっ!」
 山の反対側から縁が声を掛ける
「みこっちゃんどうしたんです?」
「ちゃん付けで馴れ馴れしく呼んでるんじゃねえぞ!新人っ!」
「まぁまぁそう怒らないで下さいよ、Ca足りないんじゃないですか?牛乳飲みます?」
「要らないよ、そんな事よりこの作業量どうなってんだ!」命はむくれながら言う
「どう、と言われましてもねぇ、戦争とかで多くの人が死んでる訳でもないので、これぐらいが通常なのでしょう?」
「まぁ、そうだよ」変わらずつっけんどんに言う。
「非常に申し上げにくいのですが…」
「あ゛ぁ゛っ!何だって?」
「いい加減掃除というか整頓しません?」

 最もな提案である、一般的な図書館程度の建物にぎっしり詰まっている資料。
 これは歴代の書記官が、時代時代に合わせた記録法で記した、器と魂の記録。
 いつどこに生まれ、何をして生き、いつ死に、何年間何処其処で修行し、六界の何処に転生したかなどを事細かく記したものである。
 人生何十年というが、昨今は修羅で40年、人で80年、天上人で400年、数十数百年後に転生時のデータを探してきて追記する。
 そして地獄での修行は、もっともっと長い期間かかるから、更にその後にも追記するとなると…。
 石版有り、蒔絵有り、わら半紙有り、大学ノート有り、.txt有り、などなどなんでもあり。
 そんなこんなで最早、容量がいっぱいいっぱい、物理的限界間近。

 縁は当たり前の疑問を口にする。
「というか、…全部データ化しませんか?」
「お前は文化と伝統を否定するのか!」
「そうは言っても…」
 周囲を見渡しながら言う、様々な媒体が散らばっている。
「…まぁお前の言わんとしていることも理解できなくはないがな。」
「こんなに色んな時代の物が混在して作業効率落ちてたら、文化も伝統もないでしょうよ…」
「ぐ…ぬ…ぬぅ…」

 十王局の長が居るとはいえ、只の一部署たる此処は、閻羅局長、書記官長、書記官二名、それと各自の使い魔のみで構成されている。
 亡者を六界の何処へ転生させるのかの決定と、舌を抜くのと、魂と器に関する記録処理が主たる仕事である。
 
 この部署へ至るまでの過程を簡単に説明すると、人が死ぬと、まず殺生を調べ、盗みを調べ、邪淫を調べ、嘘を取調べてから、此処へ至る。
 そして六界の審判。後に詳細な場所と、その条件の決定。
 十王局の内七つを経て修行がはじまるのである。
 残りの三つは、移動と修行と転生をそれぞれ司っている。

 狭間の世界では死んだままの年齢で固定されてしまうので見た目は10代後半の命、対して後輩の縁は20代半ば。
 それもあって縁は馴れ馴れしい態度を取る、命にはそれが不満であったが前任者が抜けて以後自分単体での仕事量はいい加減限界だった。

「みこっちゃんみこっちゃん?何を物思いに耽っているのさ?」
「色々よ、新入りのせいで忙しさが加速してるんだから!」
「まぁそうだろうねぇ、局長にスカウトされてあれよあれよと働き始めたけど、俺はこういうのも悪くないね」
「あんたねぇ、まだまだ日が浅いでしょ何も解らないくせして…ったく…」
 命は呆れ顔でそう言う、対して縁は楽観的な表情である。
「まぁ此処での業務内容とかは大体把握しましたよ、けどこれ明らかに効率悪いですって、全部データ化してPCを上で処理しましょうよ。」
「あんたねぇ、簡単に言うけど、それがどれだけ大変なことだかわかってるの?」
「まぁ今ある機材だけじゃ賄い切れないのは明白です、でもこのまま続けるのも無理がありませんか?」
 
 縁の言うことには一理どころがもう少しある、それは分かっているのだが…。
 しかし、決定的なことに命はPCをはじめとした電子機器が苦手なのである。
 これは彼らの死んだ時期に起因する。縁は知らぬことだが命は25年程前の亡者である。
 オートバイ事故で亡くなったのが1987年末の事、未だ携帯電話もPCも普及する前である。
 現世のことを知らぬわけでは当然ないが、元々活発であり勉強の出来る方ではなかった、命には事務系の仕事は少々骨が折れる。
 しかし新しい機材を導入するとなると、後輩に頭を下げてでも教えて貰わねばならない。
 それを思うと癪である、同時に未熟だなとも思いながら。
「だからと言って、我々の一存じゃ決められないでしょう。」
「じゃあ今度、閻羅さんにお願いに行きますか?」
「お前は閻羅様に対してフランク過ぎるだろっ!十王局の長だぞ!」
「いや、まぁ最初は緊張しましたが、話してみると優しい方じゃないですか?」
「お前は怒った閻羅様を見たことがないからそういう事が言えるんだよ。」
 縁の知らぬ閻羅、怖いもの見たさで見たいような見たくないような微妙な表情をしていると命が言う。
「ほら、さっさと続きをやるぞ、次持って来い」
「はいはい。」「にゃー。」

 そんなやり取りをしつつ作業を進める2人と2匹。2匹は命と縁のそれぞれの使い魔である蛇と猫。
 現状での報告は全てメールでくる、嘘の取り調べをする五官衆からそれ以前の取り調べ結果を含めた添付ファイルが送られてくる。
 それを見て、前世の人物データをこの膨大な書庫の中から探してきてPCに追加入力し、それを再度メール添付して閻羅局長に送るのが彼らの業務である。
 人物データは時系列順に通し番号で並んでいるので、探し出すのは比較的容易であるが、それが石版だったり凄く深い場所にあるケースだと・・・。
 縁は余り体力が無いので、石版など重量物の場合は結構大変である。
 持ってきたデータをメールと再度照合し間違いなければ入力するのだが、命はおぼつかない手付きでマウスを操作しつつ、かな入力をしている。
 縁は最初、命のかな入力に驚いたが、そういえば現世でもかな入力をする人物が二十数年間の内に2人だけ見たな、と思いつつ黙っていた。

 因みにこの作業で毎日数百人分のデータを処理している、この数が現代日本での一日の死亡者数に対して少ないのではないかと縁は疑問を口にしたことがある。
 それに対して命は事も無げに、宗派の違いや自殺を含む親より先に死んだ場合の話をした。
 死して亡者となりし者の先にあるのは輪廻か永遠か消滅であるという話や、閻羅が舌を切除してもそれを再生する医療があることなどの話をした。
 事実、命の舌は一度切除された後に再生医療を受けたものであり、その際に若干短くなったらしい。

 そうこうしながら本日の業務は終了、実に14時間労働。時の流れは現世と変わらないので1日は24時間である。
 因みに労働基準局や監督署などは存在しない、現場の改善などは場所毎で行われる。
 必要な職しか存在しないために、競争・競合するような職もなく、当然ながらブラック企業なども存在しない。
 最後のメールを送信し2人同時に「「ふぅ…」」と発する。疲弊している様子の2人と2匹。
 
「それじゃお疲れ様、さっさと帰って明日に備えなさいね」 
「よし、みこっちゃん飲みに行かない?」
「行・か・な・い!疲れてんだよ!帰れ!」にべもない。
「ちぇっ、おいクマ帰るよ」クマと呼ばれたキジトラの猫が「にゃー」と返事をしながら軽やかに机を経由して肩に乗る。
「それじゃまた明日ね」そう言って縁は緩やかに立ち去る。
「はいはい」卓上を整頓しながら、そっけない返事を返す。

「ふぅ…」縁が帰った後に再度ため息をつく、足元にシュルシュルと蛇が纏わりつく。
「はいはい、わかってる私も帰るわよ、アオおいで」アオと呼ばれた蛇は器用に脚を螺旋に昇り腰に備えられたシザーバッグに入る、顔を出して舌を見せる。
「どうにかしないと、か…」と独り言ちで、命も職場を後にする。

 家路についた縁、まずクマに餌を出す、カリカリと缶詰を混ぜたものを用意して皿にあける。
 クマは無言で皿に近づき食べだす、その首裏を一撫でしてからシャワーにむかう。
 ここはワンルームアパートの一室、越してきてからまだ一ヶ月。
 シャワーから出て冷蔵庫を開けコーラの缶を出す、煙草を咥えて、今日の作業を思い出す、やはり効率的な作業をしないと無理があるな、と考える。
 人員を増やすか作業をデータ化しないと近い将来物理的にも仕事量的にもパンクしてしまうな、などと考えた時に空腹に気がつく。
 冷蔵庫にあるもので適当に作って腹を満たし、食後にまた考えを巡らすが、きちんと纒まらないまま眠気に負け、ベッドに入る。
 クマは一足早く自分の寝床で丸まって寝てしまっていた。
 生きていることと死んでいること、また転生すること、それにどんな意味があるのだろうと泥になりながら思った。



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