下校時の自転車の軽さにも違和感を覚えなくなった頃、初雪が降った。
 当然屋上には寒くていられないし、三毛猫も現れなかった。
 僕は教室で中庭を眺め、灰色の世界に思いを馳せた。
 僕はいったい何がしたいんだろう。
 運動が出来る訳でもない。
 勉強が出来る訳でも、芸術に長けているわけでもない。
 でも、特別何が出来ない訳でもないし、世の中に溶け込むことはできる。
 だけど、どうしたいんだろう。
 気付いたら、サナエと会わなくなって二カ月が経っていた。
 こうやって僕たちの時間も完全に消えてしまうのかな。
 寂しいけど、でもそれでいいのかもしれない。
 もう僕にはわからないや。

 三毛猫が、こちらを見つめているのに気づいた。
 じっと、中庭から。何かを言いたそうに、見据えている。
 その視線が耐えられなくて、一瞬目を逸らした。
 次に見たときにはもう姿が無くなっていた。
 ――探しに、行こう。
 三毛猫を、そしてサナエを。
 探さないといけないような気がした。
 予鈴まであと一分。焦燥感を感じて、六組に向かった。
 「あの、崎谷いるかわかる?」
 ドアの近くにいた女子に声をかけた。
 「サナエ?今日も休みだよ?」
 そうか、会えないのか。
 諦めて納得しようとしたが、言葉に引っかかりを感じた。
 「今日も?」
 「うん。もう二カ月も休んでるじゃん。」
 思考が止まった。
 「詳しいことは分かんないんだけどさ、ジュン、あんた知ってる?」
 「んー、サナエ教えてくれないんだよねー。メールはちゃんと返ってくるんだけど。」
 会話は耳に入ってこない。
 二カ月前。
 彼氏が出来たと、告げられた。それが二カ月前。
 思考より先に身体が動いた。
 どこにいくんだ。ぼくはどこに向かってるんだ。
 気付いたら自転車に乗っていた。予鈴が鳴った。だからどうした。
 校門を抜けると、いつものように西に進んだ。
 日はもう傾いている。
 ただただ漕ぎ続けた。
 今までで一番軽いんだ。一番早く漕げるに決まってる。


 サナエの家に着くと、自転車を停めることなくインターフォンを押した。
 反応はない。
 一気に力が抜けた。自転車ごと壁に寄り掛かった。
 どうすれば。
 どうすれば。
 そういえば今日は昼寝してなかったななんて、どうでもいいことが頭をよぎる。
 授業サボっちゃったな。荷物学校置きっぱなしだしな。今戻ったら教室で目立つしな。でも制服着て街中歩けないしな。でも家になんか帰れないしな。
 意味なく逡巡しながら、目線を向かいの塀に上げた。
 ――三毛猫が。
 三毛猫が視界の隅にいた。
 いたような気がした。
 辺りを見回しても姿は見えない。
 にゃーと鳴いた。
 今まで鳴いたことなんてなかったのに。
 聞こえた気がした。
 屋上に、行こう。
 そこに僕たちの時間が残っているなら。
 残っていて、くれるなら。




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