ドアを開けると、微かに雪が降った跡が残っていた。
 灰色の床が、普段より一層灰色の空と混ざる。
 どこが境界かわからない。
 そこに、いた。
 「……サナエ?」
 後ろ姿に声をかけると、ゆっくりと振り返る。
 「なあ、サナエ。」
 何から言えばいいかわからない。
 彼氏はどうなったんだ?学校休んでるって本当か?
 なんで、なんで。
 なんで、そんなに笑ってるんだ?
 声が出ない。いっぱい言いたいのに。
 「コウタ、あのね。」
 なんだよ。
 「あたし、彼氏なんかいなかったんだ。」
 「彼氏なんかいるわけないじゃん。」
 「でもね。」
 「コウタに悲しませたくなかったからさ。」
 「うそついちゃった。」
 「ごめんね。」
 一言ずつ、丁寧に紡がれる言葉。
 なんだよ。なんなんだよ。
 「あたしさ、コウタと一緒に居れてよかった。」
 「ずっとずっと、小さい時から一緒でさ。」
 「だから、だから言いだせなかった。」
 「コウタには言っとかなきゃいけなかったのにね。」
 わかんないよ。
 何が言いたいんだよ。
 「覚悟、決めてたんだけどな。」
 「最後に来ちゃった。屋上。」
 「来ないつもりだったのに。」
 いつでも来ればいいじゃないか。
 なにがいけないんだよ。なにが、最後なんだよ。
 「あたし、行くね。」
 いやだよ。
 「行かなきゃ。」
 いやだ。いやだ。
 もう、ただの駄々っ子だった。
 行ったらいやだと。ここにいてくれと。
 気付いたら涙が流れていた。
 「もう、決めたんだ。」
 そんなの、お前の勝手だろ。
 「……コウタ。」
 溜息が聞こえた。少しだけ困った顔で、笑う。
 「コウタが泣いてるの、ひさしぶりに見た。」
 笑ってんじゃねえ。
 「ねえ、コウタ。笑ってよ。」
 笑える訳ないだろ
 「最後に笑顔、見せてよ。」
 無理だよ。
 俺には、そんなこと。
 「ね、コウタ。」
 いつの間に近づいていたのか、目の前に手が差し出された。
 あまりにも儚く笑うものだから、手を伸ばしてしまう。
 溶けるような、冷たい感覚。
 「好きだよ。」

 感覚はすぐに溶けた。
 顔を上げ潤む視界に、三毛猫が一匹。
 僕は走って、階段を駆けた。
 もうすぐ授業が終わる頃か。
 自転車にまた乗って、町内の大きな病院を目指す。
 太陽はもう、街に低く沈んでいた。




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