落ち着け。
吾朗は自分に言い聞かせた。一人で歩いて行く仲川の後ろ姿を見るのは、これで最後になるかもしれない。そんなことを考えてしまう思考をストップして、池田さんの方を見る。池田さんは、少し驚いたような顔をして、仲川の後ろ姿を見送っていた。
「じゃあ、行こうか」
「あ……、――うん」
T字路、仲川が向かったのとは反対側に二人で歩きだす。
しばらくして、池田さんが前触れ無しに口を開いた。
「左近寺君ってさ」
「ん、何?」
「ゆうちゃんのこと、好きなの?」
グラッっと、小さい余震。いや、屋内だったらもっと大きく感じているだろうか。
目の前の女の子は表情一つ変えずに吾朗を見つめている。
ただその瞳は震えて、感情をギリギリで押さえているのが分かる。
その質問を反芻する。
オレは仲川が好きなんだろうか。
「私は左近寺君が好き」
「もともと、今日、そう言うつもりだったんだ」
「左近寺君が、好きです」
分かっていた事だし、感じていたことだった。
ただ、こうやって想いを伝えられるのはもっとずっと先のことだと思っていて、
もしかしたら逃げていて、
あれ……、オレはこの子について何を知ってるんだろう。
優の頭上で揺れていた照明が脳裏をよぎる。
冷や汗と反射神経が背中を震わせた。
声も震えていたと思う。
思わず、呼び捨ててしまったのに気付いたのは、今。仲川。
池田さんはまだこちらを見つめてくる。
視界が揺れたが、余震のせいかは分からない。
あぁ、オレは仲川優が好きだったのか――。
美術部で描いた絵を得意げに見せてくる優が。
サッカーボールに躓いて転びかける優が。
妙な比喩でリアクションに困らせる優が。
親友の恋路を全力で応援する優が。
「ゆうちゃんはね」
私にとって初めての親友だって思う。中学ではさ、この人!って言えるような友達、いなかったんだ。イジメられてたとかそういうわけじゃないけど、みんな付き合いで話してくれてるような感じでさ。高校に入ってすぐ、ゆうちゃんは仲良くなってくれたけど、私、びっくりした。それまでの「友達」っていう考え方がひっくり返っちゃった感じ。その日のブラの色とか訊いてくるんだよ? あはは、あり得ないよね。ほんとにびっくりした。
今日、左近寺君に告白することはゆうちゃんにも相談してて、ゆうちゃんがイイカンジに左近寺君と二人にしてくれるって言ってた。でも、この地震でしょ? 不謹慎かもしれないけど私、あぁ、結局言う機会無くしちゃったかなって思ってた。でもゆうちゃんがさっきね、「頑張って言いなよー」って、目で言うの。こんな時にそんなことしていいのかな、って思ったけど。でもゆうちゃんは応援してくれてた。けどね、ゆうちゃんを見送った後の左近寺君の顔を見たら、あぁやっぱりそっか、だめかって、思った。前から、なんとなく分かってた事だからさ。私が左近寺君を好きなのはもう、うん、バレバレだよね。まったくゆうちゃんはお節介なんだから。ほんとにすごいよ、ゆうちゃんって。そう思う。
そんな事を、池田さんは言わなかった。
「ありがとう」
「うん」
「――ごめん」
「うん」
もう一度視界が揺れた。
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