「大丈夫?やっぱり半分持とうか?」
 翌朝、ホームルーム直後。野口は職員室への道を、担任の斉藤彩と並んで歩いていた。その両手には39人分の問題集が抱えられている。
「いやいや、これぐらい問題ないです」
 結局、あの後野口は帰宅すると糸が切れたように眠ってしまった。もちろん課題は終わらせていない。クラスでただ1人課題を出さなかったため、職員室までクラス全員の課題を運ぶよう頼まれたのだ。
「そう?にしても、なんで忘れちゃったの?」
 若い女教師が小首をかしげる。彩はクラス内の男子から人気が高い。
「それが昨日学校に忘れちゃいまして」
 はは、と乾いた笑いを付け加える。嘘は言っていない。今は手付かずのまま自室の机に置いてあることを除けば。
「そう?もう、気をつけなよ。明日までには出せる?」
「ええ、わかりました」
 そう量は多くなかったので問題はないだろう、と思い答える。彩が自身の首筋を撫でた。いつもは楽だから、と長く艶のある髪を後ろで縛っていたが、今日に限り縛らずに下ろしている。野口は彩の首筋にやけどの跡のようなものを見た。
「ここでいいよ。ありがとね」
 職員室の前に着き、ドアを開けると彩は問題集の束を野口から受け取る。ドアを閉めると、野口は教室へと戻った。


「君か」
 放課後。部活には所属していない野口が帰り支度を済ませ、立て付けの悪くなった自身のロッカー相手に四苦八苦していると声をかけられた。
「日野か」
 閉めるのをあきらめ立ち上がる。首にバスタオルをかけたショートカットの少女がいた。
「いま忙しい?」
 一歩野口に近づき、見つめてくる。
「忙しいかって?今から帰って昨日の課題をやらなきゃならないってことを別にすれば、特に忙しくはないぞ」
 と、肩をすくめる。 
「それはよかった。昨日、部室に来るように言ったね?」
 そういえばと、白衣の少女の姿を思い出す。絶対来てくださいねと、昨夜別れる前に何度も野口に念を押していた。
「ああ、確かに聞いたな。でも場所知らないからよ」
 野口は目をそらした。窓の外にはグラウンドに向かう運動部の生徒の姿が見える。
「そう、伝えてなかったから、まどかに連れてくるよう言われた」
 野口が視線を落とす。目に入ったのは扉の閉まらないロッカー。すかさず瑠乃が告げる。 
「それ、気になってるでしょ?」
 それぞれの手でタオルの両端を握り不敵な笑みを浮かべる瑠乃。学校から貸し与えられているものとはいえ、自分のロッカーをこんなにされたのだ。文句のひとつでも言いたい。それに。
「なにか手がかりがあるんだろうな?」
 夜の校舎に突如として現れ、消え去った女生徒の姿をした怪異。そしてその怪異にひるむことなく、むしろ圧倒したと言える2人の少女。一晩の不思議体験で済ますには惜しいと、野口は瑠乃を見つめ返す。
「もちろん」
 更に口角を上げる瑠乃。その返事に、野口は頷く。
「部室、案内してもらえるか」
 そう言うと瑠乃は反転し、歩き出す。後をついていく野口の目に、逆さではあったが、バスタオルに読みやすいよう大きくプリントされている英字が見えた。
「あわてるな、か」
 そう呟く野口に、首だけで振り返った瑠乃が微笑んだ。


 旧校舎1階の教室に、オカルト研究会の部室がある。文化部の部室棟は別にあるが、まどかと瑠乃が入るまでしばらく部員がいなかった。そしてなりよりも部として認可を受けるために必要な人数である3人に達していないので、同好会として旧校舎の空き教室があてがわれた。理科室は今でも旧校舎のものを利用しているため、化学の授業で実験を行うときに使われるが、それ以外では人の出入りはほとんどなく、閑散としている。
「任せはしましたけど、瑠乃は大丈夫ですかね」
 冊子に目を落としていた白衣の少女が一息つきながら呟く。
 まどかが手にしている冊子、これこそが今回の事件の発端となっているものだ。昨夜、真偽を確かめる調査に出たところ、図らずも1人の少年を巻き込んでしまった。そのことを悪く思うと共に、絶好の好機だと、まどかは考えている。
 部室の扉が開かれる。見慣れた顔に連れられ、昨夜初めて見た顔がいた。
「連れてきたよ」
 瑠乃の言葉を聞くとまどかは笑顔で立ち上がり、告げる。
「オカルト研究会へようこそ、野口さん!」
 両手を広げ歓迎の意を示すまどか。部室の光景に面食らった野口は、敷居をまたごうとはせず廊下に立ち尽くしている。
「とって食ったりしませんよ、ささ、どうぞどうぞ」
 まどかに誘われて、おそるおそると入室する野口。本棚にはオカルト関連の本が並び、窓際の机にはゴルフボールいっぱいの金魚鉢、電極に繋がれたスポンジケーキなどがある。中でも目を引いたのは高さ50センチほどの木彫りの彫刻だ。細長く少し弓なりに反っているその彫刻は、上部から左側面にかけて精緻に刻まれた襞が特徴的であった。野口はノルウェーのフィヨルドを連想した。
「それは木彫りのノルウェーなんだよ」
 瑠乃が言いながら棚からケーキナイフを取り出す。野口はまどかが座った対面に腰を下ろした。机に開かれたまま置かれている冊子を気にしていると、瑠乃が人数分に切り分けたスポンジケーキをそれぞれに渡し、まどかの横についた。
「それで、こんな旧校舎くんだりまで呼ぶってことは有益な情報なんだろうな?」
「ふふ、思ったとおり興味津々じゃないですか」
 野口は一口スポンジケーキを食べる。何かを挿して抜いた跡が見受けられたが、気にしないことにした。
「さてさて、野口さんが気になってる昨日の女生徒ですがね、その存在がここに書かれています」
 そう言ってまどかは冊子の表紙を野口に向ける。オカルト研究部活動報告書。発行は今から4年前の11月であった。
「毎年文化祭にオカ研として出していた部誌ですね。いやーしかしもっとキャッチーなタイトルは思いつかなかったんですかね」
 差し出された部誌を受け取る野口。製本こそされているものの、とてつもなく薄かった。10ページもないだろうか。
「4年前はどうやら部員が当時3年の篠崎小春という方1人だけだったみたいですね。小春先輩の卒業後は私たちが入るまで誰もいなかったらしいです」
「入部届けが受理されなくて苦労したね」
 スポンジケーキを咀嚼しながら瑠乃が呟く。
「そうでしたそうでした!いやあ大変でしたよ、彩ちゃんが顧問だったって名乗り出てくれなければ危ういとこでしたね」
 野口は疑問を口にした。
「彩ちゃん、って斉藤先生か?俺の担任の」
「あ、野口さん1組でしたか。そうです、斉藤彩ちゃん先生です」
 更に尋ねる。
「でも斉藤先生って手芸部の顧問じゃなかったか?クラスに手芸部のやついるからその話はよく聞くけど、オカ研なんて一言も聞いたことないぞ」
「掛け持ちしてるんだよ」
 スポンジケーキを平らげた瑠乃が口を挟む。まどかがそれを受ける。
「ホントに形だけですけどね。この部屋にも4月の最初に簡単な注意事項を伝えに来ただけでそれ以来は全くですし。鍵の管理ぐらいです」
 そう言って白衣のポケットから鍵を取り出し、軽く振る。キーホルダーの鈴がちりん、と鳴った。
「とにかく、それを読んでみてください。私たちが昨日の夜学校に来たのも、それの真実を確かめるためでしたから」
 鍵をしまい、まどかはケーキにフォークをつける。瑠乃はケーキナイフを持って立ち上がった。どうやら読むのを待ってくれるようだと気付いた野口は、4年前のオカ研部誌、当時の部長篠崎小春が書いた記事を読むことにした。それには次のようなことが書かれていた。


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