有村かんなという女生徒がいた。昨年、オカルト研究部の部長を務めていた。
かんなには恋人がいた。Sという男性教諭だ。公言こそしていなかったものの、2人のやりとりは周りから見ればいささか親しすぎるように見えたし、かんながSの車に乗り込むところを見たという噂もいくつかあったようだ。
とはいえ、かんなは常に学年上位に入るほど成績優秀、素行もよく、友人は多かった。特に恋愛話になると、かんなの放つ大人の余裕、魅力といったもの、何よりその容姿が高校生離れしていることもあり、男子、女子問わず引きつけてやまなかった。
対するSという教師のほうも、教壇に立ってから日は浅かったが、教え方がうまく、生徒に対しても自身の立場に幅を利かせることなく接し、教師というよりも兄貴のように慕われていた。
2人のことをよく思わない人間もいたが、かんなとSの人望を敵に回すほど度胸のある者はおらず、また、2人の関係も写真などの明確な証拠はなく、あくまでも噂レベルであったため、大きく問題になることはなかった。
転機が訪れるのは、かんなが3年生になった年。Kという新任の女性教師が赴任して来たときのことだ。Sと歳が近いこともあり、学校生活についてや、単純な話相手として共にいることが多かった。
夏休み明けになると、SとKが交際しているという噂、同時に2人が仲むつまじく歩いている写真が生徒間で出回った。SとKは他人の恋愛事情に興味津々な生徒たちによって追求を受けた。言及は避けながらも、共に否定することはなかったため、半ば公認事実として広まってしまった。
対するかんなは、この頃から目に見えて以前のような覇気はなくなっていた。成績は大きく落ち込み、友人付き合いも希薄なものとなった。Sとすれ違っても顔を合わせることすらしなくなり、以前のかんなを知ってるものの間では、Sに捨てられたのでは、といった悪い噂も流れ出した。以前の成績ならば難関大学も確実だと言われていたかんなだが、案の定受験には失敗し、浪人することとなった。
3月になり、卒業式を迎えた。その翌日、事件は起きた。かんなが学校の屋上から飛び降り、自殺したのである。日曜日であったため生徒の目撃はなかったが、すぐに事件は校内に広まった。遺書も見つかっており、公開はされていないが、Sとの関係について事細かに書かれていたらしい。
Sはすぐさま転勤を命じられた。かんなを慕っていた後輩や、教師たちは深く悲しんだが、4月には新入生を迎えるため、学校のイメージを損ねてはならないと、かんなの自殺については誰が言うでもなく禁句扱いされ、それから数ヶ月のうちに風化していったかのように見えた。
しかし夏休みの際、ある3年生の男子グループが肝試しと称して夜の学校に忍び込んだ。2人組にわかれ、3階から1階までの各チェックポイントを通過し、帰ってくるという単純なものだ。
ある2人組が出発し、1階の廊下に差し掛かったとき。1人が強烈な眠気を訴え、その場にへたり込んだ。突然のことに驚いたが、もう1人が助け起こそうとすると、視界に誰かが映った。目を向けると、1人の女生徒が立っていたという。月明かりに照らされたその顔に、男子生徒は見覚えがあった。
有村かんな。悲鳴を上げた男は眠りかけている友人を抱え、元来た道を駆け出した。スタート地点にたどり着くと、友人グループに有村かんなが出た、きっと幽霊だ、と言い、眠りかけの男子生徒を起こすと、全員で1階に下りた。しかし既に女生徒の姿はなかった。
有村かんなの幽霊が出た、という噂は新学期が始まるとまたたく間に広がった。そして1ヶ月も経たないうちに目撃情報は多発し、中には捕まえようと挑んだ屈強な男子生徒が有村かんなの霊に追い返され、怪我を負ったといった話まで出てきた。かと思えば、有村かんなのすすり泣く声を聞いた、という者さえ現れた。
真偽はどうあれ、仮にそれが有村かんなの幽霊だとしたら、彼女は何を伝えたいのだろうか。自身の結末への後悔か、はたまたSという教師への執念、恨みがそうさせるのか。
今夜も有村かんなは校舎の1階廊下に現れるかもしれない。その表情は悲しみに暮れているか、怒りで歪んでいるのか。それはぜひ読者の目で確かめて欲しい。
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