アレクスさんとマーリンさんが旅の経過を丁寧に教えてくれたので、記憶をなくした可哀想な少女のようにならずに済みました。
あの後に攻略したダンジョンは三つで、ここは昨日着いたばかりの四つ目の街だそうです。
勇者様にはきっと深い考えがあるんだ。そう思いますが、分からないのでちょっと戸惑っています。勇者様のレベルは16だそうです。一緒に強くなっていきたかったのに、すごく、残念です。
私たちの出発した街は大陸の端にあったのですが、今いる街はそのちょうど反対側の端にあるんだそうです。大陸横断。わたしにとっては大冒険です。棺桶の中でしたけど。
そうしてやっと着いたばかりだから、数日ここに留まるようです。
宿の一階でみんな揃って朝食を取った後、勇者様は街に出る準備を始めました。
アレクスさん達は旅の疲れがあるようですが、わたしは、当然それがありません。ちょっと長く棺桶に転がっていたからか、首元に寝違えたような痛みがあるだけです。
そうしていたら、勇者様がわたしにだけ付いてくるよう指示してきました。
勇者様は街を舐めるように縦横にうろつき回っては、目に付く人全てに話しかけています。
随分この街のことに興味があるんだなあ、と始めは思いましたが、壁にぶつかる勢いで歩き、話を聞き終わる前に切り上げたりと、どこかやけっぱちです。ちょっと訳が分かりません。
二時間は歩いたでしょうか。強い陽射し。街をくまなく歩いたことで、私は汗いっぱいです。
この街の地図を作るつもりならもう作れるに違いない、とわたしが思った所で勇者様は立ち止まりました。
お店の前でした。それは防具屋でした。
もしかしてわたしの装備を――という甘い考えを持つときっとバカを見ます。わたしはそれでも期待が顔に出かねないので、口元を引き締めたちょっと不自然な顔をして、勇者様の後について店内に入りました。
(わぁ……)
そこは豪勢でもなければ、綺麗な服が並んでいるわけでもなかったけれど、わたしが身に着けている布の服とは二桁は値段が違うようなものばかりが陳列されていて、つい間抜けに口を開いてしまいました。
そして――そして、耳を疑うような指示を勇者様が店員に出されました。今、思い出しても記憶を疑ってしまうのですが、
<検索条件:可愛さ順>
並ぶ装備をポカンとした顔で見ていたわたしは、そのままゆっくりと首を回して勇者様を見ました。
少年の面影を残した凛々しいお顔に吸い込まれそうな黒い瞳、その目とわたしの目が合い、グッと勇者様が親指を上に立ててみせて、そしてチョップをして、わたしは自分の顔が段々と赤くなっていくことが手に取るように分かり勇者様の能面のように張り付いたいつもの笑顔からその口元だけがか・わ・い・いと動いたような気がしてわたしはパクパクと口を金魚のようにパクパクさせながらわたしは両手を前に震えるように出してわたしはわたしは――
次の瞬間。わたしは猛烈に恥ずかしくなって、グキッと音を立てながら首をひねって顔を逸らしてしまいました。
――すごく、恥ずかしい。
ああ、なんだろう、頭が混乱する。感情がなんというか、なんというか、溢れてしまいそう。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい痛い。
恥ずかしい恥ずかしい痛い恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい痛い痛い。
恥ずかしい痛い恥ずかしい痛い痛い痛い恥ずかしい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
――すごく、痛い。
「ぃ――っ!」
わたしは首を抑えながら痛さで転げまわってしまいました。記憶が定かではありませんが、転がるわたしに足を取られて転ぶお客さん。何か叫びながら暴走するわたしをせき止めようと奔走する店員さん。腹を抱えて笑っていると覚しき勇者様。ひとしきり生地獄を味わった後、わたしは痛みで気を失いました。
赤い夕陽。
目が覚めて最初に見えたのは、視界いっぱいの赤色でした。眩しさに手で目元を覆いながら体を起こしてまわりを見ると、そこは砂浜でした。ゴザの上で寝ていたようです。
まわりにはあまり人はおらず、何人かワイワイやっている方を見ると、何かボール遊びをしている子ども達の中に勇者様がいました。
勇者様がジャンプしてボールを叩き、子ども達のただ中に打ち込む。それで何かの勝負がついたのか、子ども達が悔しがり、勇者様がガッツポーズ。そして子ども達から何かを受け取ります。
あ、投げ捨てました。なんとも言えない表情でそれを見る子ども達。
勇者様がこっちを振り向きました。
わたしは反射的に顔を逸らそうとして、「んぃっ!」、一瞬にして涙が目にたまるほどの痛みが首に走り、口をあうあうさせながら痛みがゆっくりと引いていくことをただ待つしかない状態となります。
何とか気を失わずに耐え切ると、勇者様はすぐ目の前にいました。
わたしの顔を確認すると、子ども達の方にグッと親指を突き立てます。ボールを持つ子ども達が、勇者様に向かって手を振って答えます。わたしが起きるまで子ども達とずっと遊んでいたようです。
勇者様はくるりと向きを変えて、また親指を突き立てます。向く先には船着場が見えました。初めて見る大きな帆船が停まっています。あれに乗って別の大陸に渡るつもりなのでしょう。
またわたしを向いて、道具袋から女物の水着を取り出しました。そしてグッと親指を立てました。
……………………。
……………………。
ビシィッ!
「ふぎっ、んあっ!」
チョップされました。そして首が痛い。
涙目のわたしにかかる影。見ると勇者様が一歩近づき、ピンク色の水着を突きつけてきます。
わたしは逆らえない力のようなものを感じながら、勇者様からのより具体的な命令を受け取りました。
わたしは痛む首をかばいながら、そのピンク色の水着を受け取りました。軽いそれをつまむように持つわたしの目には、少しだけ涙の玉が浮いています。首の痛みからです。
わたしはいよいよ逆らえず、のろのろとした仕草で服に手をかけました。
手をかけながら、一縷の望みをもって懇願をしようと企てます。下から顔だけを上げ、上目遣いで、泣きそうな八の字眉で、でも信頼の意思を弱い笑みで示しつつ、勇者ああああ様の名前を小さく呼びました。
「……あーさまぁ」
勇者様は。
勇者様は、何か透明人間を抱きしめるような仕草をしていたのですが、それをピタリと止めてわたしと見つめ合うこと一分。
今までで一番力強く、グッと親指を立てました。
(ああ……勇者様……すごく……嬉しそう)
何もない空間に向かって、何度も何度も何度も何度も、チョップを始めました。
(ああ……勇者様……すごく……興奮してる)
わたしは、勇者様がチョップを残像でしか捉えられなくなるくらい高速で行う中、夕日と子ども達に見守られながら水着に着替えました。
そして、
あぶない水着の防御力は1でした。
わたしがあまりに何度も死んでしまうので、装備を元に戻すことを許されました。
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