「もうすぐ……一年だね」
「そうだねえ(そうなのか)」
「8月の終わりに、皆で大きな花火を打ち上げて、西男さんが私の心に刻んでくれたんだよ」
「そうだっけか?」
こっ恥ずかしくなった『僕』はボールをすぐに突き返した。
「そうだよ」
彼女はくすりと笑う。
「あなたが『自分の名前の通りに天の道を歩むためには千佳が必要だ――っ!!』って。私大笑いしちゃったんだから。そしたら西男さんもいっしょになってわざとらしくワッハッハッハッって、二人して急におかしくなるもんだから、みんなが止めてきて。『箱間と天道が毒キノコでも食ったんじゃないか』とか言って大騒ぎ。」
千佳は笑っていた。だけど泣いている、そんな気がした。話の流れから察するに『僕』の名前は天道西男というらしい。垣間見えたその表情によって、少しだけ『僕』の存在が大きくなった、気がした。
「千佳、愛してるよ」
「私も……」
僕はまた千佳の手を強く握った。無論、握り返された。
「そういえば」
千佳は流れを遮って言った。
「昨日あの事で電話かけたんだけど、その番号は使われていないって言われちゃって。もしかして電話番号を変えたのかな?」
「あ、あぁ……」
僕は迷った。『あの事』が何かは分からないが、このまま彼女を傷つかせないように僕の番号をそのまま教えてしまったら、もう後戻りはできないと思ったからだ。そして後々に必ず、この事は彼女の心にさらに大きな爪を残す事になるとなるだろう。ここでテレビのドッキリ番組のように『ドッキリデシター!』と大きな看板を掲げながら、お気楽にネタばらしをすることが出来たらどんなに楽であろうか……。しかし、ここにいるのは仕掛け人でもターゲットでもなく、僕と千佳であったことに関しては誰しもが見紛うことはなかったろう。などのようなことが、蝉が鳴き始めてから鳴き終わるか終わらないかのうちに頭の中で展開され、僕は看板を掲げることに怖じ気づいてしまったのだった。携帯を出して、番号を教えようとする。しかし、彼女は目が見えないことを忘れていた。僕はドッキリ番組のセットを畳んでから、ポケットに携帯をそっとしまう。
「ごめんね、職場に携帯おいてきちゃったみたいだ。また今度教えるよ」
「じゃあ、必ずだよ?今度、携帯を変えるときはちゃんと連絡してね」
千佳は少し不機嫌そうに頬を膨らませながら言った。
嘘をつけなかったこの状況に、気付かれないようにため息を吐きながら感謝をした。


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