僕は何度か、この一連の出来事を破戸に相談して、是非を問おうとしたことがある。他人事には深く立ち入ろうとしたがるタイプではなかったので、他の人に相談するよりは気構えしないで済むと思ったからだ。
《なぁ、破戸》
「どうした?お前から話しかけてくるなんて珍しいなぁ、手話は面倒臭いんだろう?」
そんなつもりはなかったが、言われてみればそうかもしれない。遠くから観察はしても、獲って喰おうとはしない。破戸はそんな奴だった。その立ち回りの良さに少しムッとした。
「ごめんごめん、冗談だって」
相手の図星を指した後にいつも必ず付け加える。キャッチ・アンド・リリースもお手のものだ。
「んで?なんかあったろ。地井は大きなミスしたり、問題起こした後は手の動きが荒れる」
観念した僕は、これまでの経緯を追って話した。
「なるほどなぁ。でも俺は間違ってないと思うよ、そりゃお前のことだから八割は自分のためだろうけど、二割は彼女のためになってるしな」
多少引っかかるところはあったが、間違いなく核心は突かれていた。
「だけど、本当のことはいつか、いやそろそろ言わなくちゃいけないだろうな。まぁ少しの間だけ夢を見させてやれたと思えば十分じゃないか?」
破戸はそれだけ言い切ると、次の瞬間には僕に背を向けて、女性社員にちょっかいを出し始めていた。いやそれだけで十分だった。一から十まで順序立てて考えを聞かされていたら、僕は相談したことを後悔しただろう。思考の渦に溺れかけていた僕を引き上げるにはそれだけで十分だった。


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