「私ね
“Life As Sly As Hers”っていうバンドが好きでね、よくライブに行ったりしてたの。無名なんだけど、挑戦的な詞が勇気をくれるんだよね。CD貸すから聴いてみて、私みんなに布教してるんだ」
千佳は勢い良く、割と長めのセリフを流暢に言い切った。普段の喋り方とは大きく違い、千佳の中で長めのテンプレートと化していたことを想像することは易かった。
「
LASAH好きな人に初めてあったかも……」
もちろん僕も興奮の余りに、我を忘れかけていた。今まで誰に勧めても相手にされなかったから、それだけ感動は大きかった。
「えっ、西男さんも好きだったの?だったら一緒にライブ行けばよかった。私わざわざ興味のない友達を無理矢理連れて行ったりしてたんだよ。詞だけじゃなくて、ギターの衝動的というか、殺人的なリフが大好きで……」
たくさん語り合った。このときの千佳は今までで一番、心の底から笑っていた気がする。屈託のない、なんて言葉が空白を埋めるには一番ふさわしかった。僕もその笑みに精一杯答えた。嫌なことが皆吹っ飛んだんだ。
タイムリミットが迫っているのは明らかだった。もういつまでも調子の戻らない喉に疑問を抱くのは時間の問題だろう。もう一週間が経とうとしていた。今日こそ打ち明けなくては、今日こそ打ち明けなくてはと会うたびに考えるようになった。宇宙は無限に広がり続けるが、僕には永久の約束など叶わない。彼女のことを騙し続け、僕と『僕』の間の“ゆらぎ”を漂う二重生活に、僕はもう疲れきっていたんだ。しかし、明日打ち明けよう、なんて決断は僕には出来なかった。寝て起きれば焦りは半分に、そんなことを繰り返していた自分がやるせなかった。
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